米国進出時に最初の従業員をどのような雇用体制で採用すべきか

多くの海外企業は、米国で最適な雇用体制を選択できていなかったことに気づくのは、事業拡大が想定以上に難しくなってからです。
ある企業は、迅速に採用を進めるため、最初の3名の米国従業員を海外雇用代行(EOR:Employer of Record)を利用して雇用しました。
しかし、12か月後にはチームは6州へと拡大していました。
福利厚生にかかるコストは増加し、給与管理もより複雑になっています。財務部門はコストや運営状況をより明確に把握したいと考え、経営陣は米国法人を設立すべきかどうかの検討を始めます。
その時点で、新たな課題が生じます。当初はここまで急速に事業が拡大することを想定していなかったため、既存の雇用体制を見直し、再構築しなければならなくなったのです。
私たちは、このようなケースを数多く見てきました。米国進出直後の数名の採用には適していた雇用体制でも、事業の成長が加速すると、かえって課題となることは決して珍しくありません。
米国での採用が急速に複雑になる理由
多くの国では、採用形態の選択肢は比較的シンプルです。
- 現地法人がない場合は、EOR(Employer of Record)を利用する。
- 現地法人がある場合は、自社で直接雇用する。
一方、米国ではこれに加えて、PEO(Professional Employer Organization)という選択肢があります。
そのため、企業は次の3つの雇用形態から選択することになります。
- EOR
- PEO
- 自社の米国法人による直接雇用
しかし、多くの企業はこの判断を適切な視点で行えていません。比較対象となるのは、入社手続きのスピード、サービス提供会社の料金、導入までの期間といった項目に偏りがちです。
一方で、雇用体制の選択は単なる人事上の判断ではありません。それは、オペレーションの管理体制、コンプライアンスリスク、福利厚生制度の運用、複数州にまたがる雇用管理の複雑さ、さらには長期的な事業拡大に伴うコストにも大きく影響します。
誤った雇用体制を選択したとしても、その問題がすぐに表面化するとは限りません。
多くの場合、負担や非効率は目立たない形で徐々に蓄積していきます。そして事業の成長とともに、それまで見えなかった課題が一気に顕在化するのです。
米国特有のオペレーションリスク
多くの国では、全国共通の雇用制度のもとで人材管理が行われています。しかし、米国は異なります。各州がそれぞれ独立した雇用管轄として機能しており、州ごとに次のようなルールが異なります。
- 給与税に関する規則
- 賃金・労働時間に関する法令
- 失業保険制度の要件
- 労災保険(Workers’ Compensation)に関する義務
- 雇用終了(解雇・退職)に関する基準
- 各種報告義務
例えば、カリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州で従業員を雇用している企業は、1つの雇用制度を管理しているのではありません。
3つの異なる雇用制度を同時に運用していることになります。
この点は、多くの海外企業が見落としがちなオペレーション上の負担です。
米国で従業員を1名採用するだけであれば、対応は比較的シンプルに見えるかもしれません。しかし、7つの州にまたがって15名の従業員を雇用する場合は、事情が大きく異なります。
だからこそ、米国では採用方法そのものよりも、その採用を支える雇用・運営体制が重要になります。その重要性は、多くの企業が当初想定している以上に大きいものなのです。
米国で従業員を雇用する3つの方法
それぞれの雇用形態は、異なるオペレーション上の課題を解決するためのものです。
EOR(Employer of Record)は、米国法人を設立することなく、迅速に人材を採用したい場合に適しています。
PEO(Professional Employer Organization)は、すでに米国法人を設立している企業が、複数州にまたがる雇用管理や福利厚生制度の運用を効率化するための仕組みです。
一方、自社による直接雇用は、雇用管理に関するすべての権限を自社で持つことができますが、その分、給与管理、コンプライアンス対応、運営体制の整備についても自社が全面的に責任を負うことになります。
それぞれの違いを比較すると、以下のようになります。
| 比較項目 | EOR | PEO | 自社法人による直接雇用 |
|---|---|---|---|
| 米国法人の設立 | 不要 | 必要 | 必要(自社が雇用主となる) |
| 法的な雇用主 | EORが単独の雇用主 | 企業とPEOによる共同雇用 | 自社が雇用主 |
| 初回採用までの期間 | 数日 | 法人設立後、数週間 | 法人設立まで数か月、その後は数日で採用可能 |
| 複数州への対応 | EORが州ごとの登録手続きを実施 | PEOが州ごとの雇用管理を支援 | 自社で各州への登録を実施 |
| 福利厚生制度 | 選択肢は比較的限定的 | PEO全体のスケールメリットを活かした充実した制度を利用可能 | 従業員数など企業規模に応じて異なる |
| 法的責任 | 主にEORが負う | 企業とPEOで分担 | 自社が全面的に負う |
| 長期的なコスト | 従業員1人あたりのコストは高いが予測しやすい | 中程度で、従業員数に応じて拡大 | 初期投資は大きいが、事業拡大後は1人あたりのコストを抑えやすい |
| 適したケース | 米国法人を設立せず迅速に少人数を採用したい場合 | 米国法人を設立済みで、中小規模の組織を運営しながら福利厚生制度も充実させたい場合 | 米国事業が成熟し、事業規模の拡大と高い運営管理を目指す場合 |
EORが最も効果を発揮するケース
EOR(Employer of Record)は、長期的な運営体制の最適化よりも、スピードや柔軟性を優先したい場合に適した選択肢です。
EORモデルでは、EOR事業者が法的な雇用主となり、クライアント企業は従業員の日々の業務管理を担当します。
EORの最大のメリットは、迅速に採用を開始できることです。企業は、自社で米国法人を設立したり、州ごとの事業者登録を行ったり、給与管理体制を構築したりすることなく、米国で採用を始めることができます。
このため、EORは特に次のようなケースで効果を発揮します。
- 米国市場への参入を試験的に進めたい場合
- 米国で最初の従業員を採用する場合
- 短期間で事業を拡大したい場合
- 急ぎで人材を採用する必要がある場合
- 米国での長期的な事業計画を検討中の企業
活用例:米国市場への試験的な進出
あるヨーロッパのSaaS企業は、本格的な米国進出を決定する前に、営業責任者を2名採用したいと考えていました。
経営陣は迅速に採用を進めたい一方で、市場での需要を確認する前に米国法人を設立することは避けたいと考えていました。
EORを活用することで、この企業は次のことを実現できました。
- 数日以内に採用を開始
- 米国法人の設立が不要
- 管理業務の負担を軽減
- 初期投資を抑えながら市場へ参入
このようなケースでは、EORは非常に有効な選択肢となります。
一方で、課題が生じるのは、従業員数やオペレーションの複雑さが増した後も、EORを継続して利用し続ける場合です。
組織規模が大きくなるにつれて、従業員1人あたりのコストは上昇しやすくなります。また、利用するシステムが分散し、運営管理も複雑になります。さらに、従業員は、より充実した現地の人事制度や、自社による直接雇用を期待するようになることもあります。
つまり、当初は事業のスピードを支えていた仕組みが、事業の成長とともに新たな課題となる可能性があるのです。
PEOが組織の成長に伴って価値を発揮する理由
PEO(Professional Employer Organization)は、EORとは異なる事業成長の段階を想定した仕組みです。
EORとは異なり、PEOを利用するためには、企業がすでに米国法人を設立している必要があります。このモデルでは、
- 企業が雇用主としての立場を維持する
- PEOが共同雇用主(Co-employer)となる
- 両者で責任を分担する
という形で運用されます。
この仕組みが存在する背景には、複数州にまたがる米国での雇用管理が、短期間で非常に複雑になるという事情があります。
優れたPEOは、以下のような業務を一元的に支援します。
- 給与管理
- 人事業務
- コンプライアンス対応
- 福利厚生制度の運用
- 州ごとの各種登録手続き
なかでも、福利厚生制度は、多くの海外企業が当初想定している以上に重要な要素です。
米国では、医療保険をはじめとする福利厚生は報酬制度の重要な一部を占めています。従業員数が少ない企業では、競争力のある福利厚生プランを単独で確保することが難しい場合もあります。
PEOは、複数のクライアント企業の従業員をまとめることでスケールメリットを生み出し、保険会社との交渉力を高めることで、より充実した福利厚生制度を提供できるようにしています。
活用例:複数州への事業拡大
ある海外本社の企業は、米国法人を設立後、18か月足らずで従業員数を8名から30名へと増やし、事業を6州へ拡大しました。
この段階になると、オペレーション上の負担が大きくなり始めます。
給与管理は複雑化し、人事業務の調整にはより多くの時間が必要になります。また、従業員からは、より充実した福利厚生制度への期待も高まります。
一方で、同社はまだ人事部門や給与管理部門を社内で本格的に整備する段階にはありませんでした。
PEOを活用することで、自社の米国法人を維持したまま、こうした管理業務の多くを外部へ委託することが可能になります。
多くの企業にとってPEOは、事業拡大の初期段階から、人事・給与管理を完全に内製化するまでの間をつなぐ、重要なオペレーション基盤となります。
自社による直接雇用は、多くの企業にとって最終的な選択肢となる
自社の米国法人による直接雇用は、本格的に米国市場で事業を展開する企業にとって、長期的な到達点となることが一般的です。
事業が一定規模まで成長すると、
- EORの利用コストが見合わなくなる
- PEOの費用対効果が低下し始める
- 財務部門がより詳細な可視性を求める
- 経営陣がより高いオペレーション管理を求める
- 従業員がより充実した人事・雇用基盤を期待する
といった状況が生じます。
こうした段階になると、多くの企業は雇用管理を自社へ移行し、本格的な内製化を進め始めます。
自社による直接雇用には、次のようなメリットがあります。
- 長期的には従業員1人あたりのコストを最も低く抑えられる
- 雇用関係を自社で一元的に管理できる
- より明確なガバナンス体制を構築できる
- オペレーション管理を強化できる
- 事業拡大に対応しやすい運営基盤を構築できる
一方で、その分だけ企業が担う責任も大きくなります。
企業は次の業務をすべて自社で管理する必要があります。
- 給与管理体制の構築・運用
- 福利厚生制度の運営
- 税務コンプライアンスへの対応
- 人事業務全般
- 州ごとの各種登録手続き
- 雇用関連コンプライアンスへの対応
活用例:米国事業が成熟した企業
ある急成長企業は、現在10州で80名の従業員を雇用し、米国市場での長期的な事業拡大を進めています。
この段階になると、外部委託による雇用体制は、柔軟性をもたらすよりも、オペレーション上の負担となり始めます。
経営陣は、より明確な管理体制を求め、財務部門は統制を強化したいと考え、人事部門は従業員に一貫した雇用体験を提供したいと考えるようになります。
この企業は、自社で雇用管理を行うことによるメリットが、外部サービスを利用し続けるメリットを上回る段階に到達していたのです。
多くの企業が見落としがちな「移行」の課題
この点に気付くのは、多くの企業にとって事業が成長してからです。米国市場への参入を支える仕組みが、そのまま事業拡大を支える仕組みになるとは限りません。
EORは、事業立ち上げの初期段階で非常に効果を発揮します。
PEOは、事業規模の拡大に伴ってオペレーションが複雑になる段階で大きな価値を提供します。
しかし、多くの企業は、これらを成長段階に応じた運営モデルではなく、恒久的な雇用インフラとして利用し続けてしまいます。
多くの場合、そこから課題が生じ始めます。
組織が成長すると、企業は次のような課題に直面することがあります。
- 分散したシステムの管理
- 増加する雇用コスト
- 一貫性のない従業員体験
- 重複するオペレーション業務
- 複雑化するガバナンス体制
問題は、EORやPEOという仕組みそのものではありません。
本来の成長段階を超えて、その雇用体制を使い続けてしまうことが課題となるのです。
円滑に事業を拡大している企業は、多くの場合、早い段階から次の移行タイミングを見据えています。
- スピードを最優先すべき時期
- 福利厚生制度が競争力の重要な要素となる時期
- オペレーション管理を自社で担う必要が生じる時期
- 外部サービスの利用が費用対効果に見合わなくなる時期
一方で、事業拡大に苦労する企業の多くは、複雑さが積み重なってから対応を始めています。
FAQ:米国における雇用形態
海外企業は、米国法人を設立せずに米国で従業員を雇用できますか?
はい、可能です。これは企業がEOR(Employer of Record)を利用する主な理由の一つです。EORが法的な雇用主となり、海外企業は従業員の日々の業務管理を担当します。
PEOを利用するには米国法人が必要ですか?
はい、必要です。PEO(Professional Employer Organization)は、既存の米国法人と共同雇用(Co-employment)の形でサービスを提供します。そのため、利用するにはあらかじめ米国法人を設立している必要があります。
複数州での採用には、EORとPEOのどちらが適していますか?
どちらも複数州での採用に対応できますが、それぞれ解決する課題が異なります。
EORは、米国法人を設立することなく従業員を雇用できる仕組みです。
一方、PEOは、すでに米国法人を設立している企業が、複数州にまたがる人事・給与管理や福利厚生制度の運用を効率化するための仕組みです。
EORから自社による直接雇用へ移行するタイミングはいつですか?
一般的には、従業員数の増加やオペレーションの複雑化、そして米国市場への長期的な投資方針を踏まえ、自社で雇用基盤を整備するほうが費用対効果と持続性の両面で優位になる段階です。
具体的なタイミングは企業によって異なりますが、多くの場合、初期段階の採用を終え、組織規模が拡大し始めた頃から移行の検討が始まります。
自社による直接雇用は、すべての企業にとって最終的な選択肢となりますか?
米国で長期的かつ本格的に事業を展開する企業にとっては、多くの場合その答えは「はい」です。
一方で、小規模な事業運営や柔軟性を重視する企業では、EORやPEOが継続的に最適な雇用形態となるケースもあります。
円滑に事業を拡大する企業は、早い段階で適切な雇用体制を構築している
米国進出で生じる課題の多くは、採用そのものが原因ではありません。
採用を支える雇用・運営体制に起因しています。
米国市場で事業拡大に苦戦する企業の多くは、市場機会に恵まれていないわけではありません。
一時的な運営体制のまま事業を拡大し続けてしまうことが、課題につながるケースが少なくありません。
最初の3名を採用する際には適していた仕組みでも、従業員数が30名規模になると対応しきれなくなることがあります。また、事業立ち上げ当初のスピードを支えた仕組みが、その後の成長においてオペレーション上の負担となることもあります。
円滑に事業を拡大している企業は、柔軟性を優先すべきタイミングと、オペレーション管理を強化すべきタイミングを適切に見極めています。
米国では、雇用体制の選択は単なる人事上の判断ではありません。
それは財務上の判断であり、コンプライアンス上の判断であり、オペレーション上の判断であり、そして最終的には事業拡大を支える体制づくりに関わる重要な判断となります。
適切ではない雇用体制を長く維持するほど、その後の見直しや移行は難しくなります。
早い段階で自社に適した雇用体制を選択することは、採用を円滑に進めるだけではありません。将来の事業拡大を見据えた、安定した事業基盤の構築にもつながります。
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