分断化する世界での市場選定:最大市場は必ずしも最初の選択肢ではない

2018年、急成長中のSaaS企業が大胆な事業拡大の判断を下しました。
欧州進出を見送り、東南アジア進出を見送り、中東進出も見送りました。
彼らが最初に選んだのはアメリカ合衆国という最大の市場であり、最も注目度の高い市場でした。彼らにとって、目に見える「達成すべき大きな目標」だったのです。
しかし16か月後、彼らはアメリカから撤退しました。需要がなかったからではありません。需要は至るところにありました。撤退の理由は、採用が進まず、コンプライアンス対応が長期化し、コストが膨らみ、そして経営陣が疲弊したことでした。
彼らはプロダクトで失敗したのではありません。市場選定で失敗したのです。
こうした事例は、変化を続ける現在のビジネス環境において決して珍しくありません。グローバル展開は、もはや大胆な最初の一手を評価しません。評価されるのは、賢明な一手です。
最も大事な教訓はシンプルです。
「最大の市場が、最初に狙うべき市場とは限らない。」ということです。
市場選定を変える3つの変化
これまで市場選定は、次のような定型パターンに従っていました。
- 最大の市場を見つける
- 需要を確認する
- 迅速に参入する
以前はこの方法でうまくいきましたが、もはやその時代は終わっています。
今日の市場拡大環境は、3つの構造的変化によって形作られています。これらが、企業が成長できるか停滞するかを決めます。
シフト 1:AI人材争奪戦では「市場への速さ」より「チーム構築の速さ」が勝敗を決める
世界的な技術人材の競争は、かつてないレベルに達しています。
AIエンジニア、機械学習スペシャリスト、プラットフォームアーキテクト。これらの役割が今や競争優位を決定します。多くのテクノロジー企業では、顧客に届くスピードよりも、優秀な人材を確保する速さのほうが重要です。
もはや勝敗を決める問いは「どれだけ速く市場に参入できるか」ではありません。
「どれだけ速く適切なチームを作れるか」 が問われます。
人材のダイナミクスは根本的に変化しています。
| 過去 | 現在 |
|---|---|
| 市場参入が優先 | チーム形成が優先 |
| 採用は参入の後 | 採用が参入を決定 |
| ローカル競争 | グローバル競争 |
| 安定した給与 | 急速な入札戦争 |
早期に優秀な技術チームを確保できる企業は、持続的な優位性を築きます。
確保できない企業は、タイミングに関わらず後れを取ります。
ワルシャワ、ホーチミン、バンガロール、グアダラハラ、タリンなどの新興ハブが、結果を左右します。ここで採用やオペレーションを始められるかどうかが、静かに成長するか、公に苦戦するかの分かれ道となります。
結局、宣伝では製品はできません。製品を作るのはチームです。
シフト 2:規制の分断が加速する
長年、経営陣は規制が一つの統一された枠組みにまとめられることを期待していました。しかし現実はその逆です。
結果として、コンプライアンスの複雑性が増し、リスクも上昇します。書面上魅力的に見える市場でも、経営陣のリソースを何年も消耗することがあります。
複雑になっている主な原因は以下の4分野です。
| 分野 | 事業拡張への影響 |
|---|---|
| ライセンス | 収益の遅延 |
| 法人構造 | コスト固定 |
| 給与規則 | リスク創出 |
| 報告義務 | 経営管理の負担 |
各層が摩擦を生み、成長への集中力を奪います。
参入が容易な市場は、規制が重い市場に直面する前に、運用能力を養えるため、相対的に価値が高くなります。経営陣は大きな損失を出すことなく学べるのです。
シフト 3:中国依存を超えるサプライチェーン
「China Plus One(C+1)」はかつて保険の意味合いでしたが、今ではインフラとなっています。製造とオペレーションは、現在新たなハブへ恒久的に移行しています。
| 地域 | 戦略的役割 |
|---|---|
| ベトナム | 東南アジアの製造拠点 |
| メキシコ | 北米向けニアショアリング |
| インド | エンジニアリング・オペレーション |
| ポーランド | EU向け物流・製造 |
これらの「再編市場」は、地域のエコシステムの基盤となっています。人材やサプライヤー、資本が流入することで、企業の運営方法や拠点が再構築されつつあります。
現在、最も効果的な事業拡大はインフラに基づくものであり、ニュースや流行、話題性に左右されるものではありません。
市場評価の4つの軸
経験上、多くの企業は市場をサイズだけで評価しがちです。しかし、それだけでは不十分です。成功する拡張には4つの視点が必要です。
これらは相互に作用し、1つでも無視すると、全体の戦略が機能しなくなります。
軸1:需要の強さ — コンバージョンの可能性はどれくらいか?
| 評価項目 | 弱いサイン | 強いサイン |
|---|---|---|
| インバウンド関心 | コールドリーチに依存 | 安定した問い合わせ |
| パイロット参加 | あいまいな関心 | 見込み顧客がパイロットに参加 |
| 競合の証拠 | 競合が契約獲得に苦戦 | 競合が実際に契約成立 |
| 顧客獲得コスト (CAC) | 不明確・過大評価 | 明確で持続可能なモデル |
| 市場検証 | TAMスライドのみで見込み客なし | 証明されたパイプライン |
| 市場の説得力 | 「誰もが必要」と主張 | エビデンスに基づく需要 |
| 市場移転性 | 自国市場の前提 | 現地での実証済みコンバージョン |
危険信号
- TAMスライドだけで実顧客なし
- 「誰もが必要としている」といった根拠
- 自国市場の前提に依存
良好な兆候
- 90日で10件以上の有資格リード
- 3件以上の有料パイロット
- 明確なCACモデル
軸2:規制の実行可能性 — 集中を妨げずに運営できるか?
| 評価項目 | 低い実行可能性 | 高い実行可能性 |
|---|---|---|
| ライセンス期間 | 12〜18か月以上 | 6か月未満 |
| 法人構造 | 複雑・多層 | シンプル・標準化 |
| 現地要件 | 必須役員や事務所 | 柔軟な拠点モデル |
| 資本要件 | 高額最低資本 | 妥当な閾値 |
| コンプライアンス負荷 | 月次報告が重い | 簡略化 |
| データ規則 | 厳格なローカライゼーション | クロスボーダー柔軟性 |
| 給与管理の複雑さ | 規制分散 | 中央管理 |
| 規制の安定性 | 頻繁に変更 | 予測可能な施行 |
| 内部準備度 | 手作業中心 | システム支援あり |
軸3:人材アクセス — 必要なチームを構築・維持できるか?
| 評価項目 | 低いレバレッジ | 高いレバレッジ |
|---|---|---|
| 採用期間 | 重要職種で90日以上 | 60日未満 |
| 報酬水準 | 市場未達 | 市場に合ったオファー |
| 人材モチベーション | 給与のみ | キャリア・成長重視 |
| 離職リスク | 高い | 安定 |
| 競争圧力 | 頻繁なヘッドハンティング | 限られた争奪戦 |
| リーダー供給 | 管理層なし | 実績あるパイプライン |
| モビリティリスク | リモートで簡単に離職 | 強い現地定着 |
危険信号
- 採用サイクルが90日以上
- 報酬をコスト優先で設計
- 業界の離職率が高い
- リーダー採用計画なし
良好な兆候
- 重要職種を60日以内に確保
- 現地競争力のある報酬
- 安定した業界定着
- 明確な管理職パイプライン
軸4:戦略的適合性 — この市場は次の展開を強化するか?
| 評価項目 | 低い戦略価値 | 高い戦略価値 |
|---|---|---|
| ハブポテンシャル | 孤立市場 | 地域拠点 |
| 拡張レバレッジ | 隣接市場なし | 2〜3市場への展開が可能 |
| 学習価値 | 転用性なし | スケーラブルな能力構築 |
| 顧客隣接性 | 現地限定アクセス | 地域顧客へのアクセス |
| 人材波及効果 | 市場限定 | 複数市場で採用可能 |
| ブランドポジショニング | シンボル的存在 | 信頼性を高める |
| 長期的役割 | 未定義 | 5年戦略で明確化 |
危険信号
- 「私たちはそこにいるべきだ」という推論
- 単独の市場参入
- 地域ロードマップなし
良好な兆候
- 複数の隣接市場への展開を可能にする
- 運用知見を他市場へ転用可能
- 戦略的顧客へのアクセス
- 5年計画で明確な役割がある
注意すべきサイン:成功(または失敗)の前に現れる兆候
ほとんどの市場参入は、突然失敗することはありません。静かに失敗していきます。
最初に現れる変化は以下のようなサインです。
- 採用が滞る
- 承認が長引く
- 契約が停滞する
- 経営陣の現地訪問が減る
収益が目標に届かない段階では、すでに結果は決まっています。
しかし警告サインは必ず早期に現れるということです。鍵となるのは、経営陣がそれに気づけるかどうかです。
新市場進出の初期段階進捗・リスクチェック表
| サイン | 健全な進捗 | リスク |
|---|---|---|
| 市場の牽引力 | 四半期ごとのインバウンドが20%以上成長 | アウトバウンドに依存 |
| 顧客行動 | 現地サポートのリクエスト | 価格だけに反応 |
| 競合の動き | 競合が規律ある参入 | 群れ行動(追随) |
| 政策環境 | 明確なインセンティブ | 政府方針が不明瞭 |
| 採用速度 | 重要職種の採用90日未満 | 採用が長期化 |
| 規制ルート | 一貫したタイムライン | 矛盾したガイダンス |
| 地域での影響力 | 拠点として明確な役割 | 孤立したプレゼンス |
| 意思決定ロジック | 戦略主導 | 好みや思いつき主導 |
不安定な進出は、たいてい一つの兆候だけに頼り、他の指標を無視して進みます。
着実な進出は、複数の指標がそろったときに前進します。
市場評価の簡単な現場テスト
ほとんどの企業が、市場がうまくいっていないことに気づいたときには、すでに被害は出ています。
うまく進出する企業は、少数の重要な質問に早期に答えます。数十問でも数百問でもなく、3つだけです。正直に答えることで、ほとんどの進出リスクが見えるようになります。
| 準備確認項目 | 「準備できている」の目安 | 「準備不足」の目安 |
|---|---|---|
| 顧客の引き合い | 現地拠点に対する積極的な需要 | 受動的な関心のみ |
| 人材の準備 | 現地チームが問題なく構築されている | 緊急の異動やリクルーターの過負荷 |
| 戦略的活用 | 次の市場進出を可能にする | この市場だけを支える状態 |
もしどの答えも「希望的観測」「楽観」「後で考えればよい」といったもので済ませている場合、すでにリスクは高まっています。
規模拡大よりも「強さ」を選ぶ
ほとんどの企業が市場の不調に気づくころには、軌道修正はすでに高コストになっています。チームは配置済み、システムは限界ぎりぎり、資本も投入済みです。
当初の「目標」は、やがて「義務」になります。
だからこそ、市場選定は重要です。それは単なる成長の判断ではなく、オペレーション上の判断でもあります。組織が実質的なリターンを得る前にどれだけの摩擦を吸収するかを決めるからです。
最大の市場はいつでも存在します。しかし、柔軟性はそうではありません。急いで参入すれば将来の選択肢は狭まります。計画的に参入すれば選択肢は広がります。その差は時間とともに大きくなります。
優れたグローバルオペレーターは、これを早期に理解しています。
- 自社の仕組みを強化する市場を選ぶ
- 目立つことよりも信用を築く
- 拡張を「演出」ではなく「インフラ」として扱う
ここで、適切なグローバルパートナーが力を発揮します。経験豊富なグローバルビジネスソリューションプロバイダーは、市場選定から運営まで一貫して支援します。現地専門家、実績あるプラットフォーム、ローカル規制知識を活用することで、コストのかかる失敗を避け、安心して事業を拡大できます。
分断が進む世界では、成功の鍵は「どこにでも存在すること」ではなく、どこでも準備が整っていることです。
GoGlobalのクロスボーダーソリューションが、貴社のグローバルビジネス目標をサポートいたします。
お気軽にお問い合わせください。
本ブログで提供する内容は、一般的な情報提供のみを目的としたものであり、法的助言と見なすべきものではありません。今後規制が変更されることがあり、情報が古くなる可能性があります。
