2026年、テック業界における事業拡大戦略

もし今、テック業界が大きな変化の只中にあると感じているなら、それは気のせいではありません。
世界的な人材不足、AI導入における想定外のつまずき、そして理想と実行のあいだに広がるギャップ。しかしこうした課題があるからこそ、一歩先へ飛躍するチャンスが生まれているのです。
国際調査会社IDC(International Data Corporation)のレポートによると、2026年までに世界の90%以上の企業がITスキル不足に直面するとされています。このギャップにより、遅延や機会損失、競争力の低下を通じて、世界経済には約5.5兆ドルの損失が生じる可能性があります。
一方で、急成長している職種も存在します。TechTargetによれば、データサイエンティスト/アナリスト、サイバーセキュリティエンジニア、ソフトウェア開発者の需要は、2035年までにそれぞれ414%、367%、297%の成長が見込まれています。
つまり、人材はかつてないほど希少になっています。そして今この瞬間に人材を確保できるかどうかが、最大の競争優位となるのです。
明確な戦略を持ってグローバルに展開する企業は、縮小し続けるローカル市場で限られた人材を争う競合に左右されることなく、一歩先の成長を実現できます。
グローバル人材は競争優位を生む「武器」である
これは「将来の構想」ではありません。どの国・地域をターゲットにするかというグローバル戦略そのものが、すでに競争優位を左右する武器になっています。
この四半期に下す判断が、今年そしてその先の成長軌道を決定づけます。
いま、企業は次の問いに向き合う必要があります。
- 私たちが今まさに必要としているスキルはどこにあるのか:AIエンジニア、データサイエンティスト、サイバーセキュリティの専門人材は、これまで以上に重要です。
- 顧客はいまどこにいるのか。そして将来どこに向かうのか:現地でのプレゼンス、サポート体制、コンプライアンスはいずれも欠かせません。
- 競合が参入し、アクセスを固める前に、どこへ最速で動けるのか:来年まで判断を先延ばしにすれば、すでに手遅れになっている可能性もあります。
事業拡大で優先すべき市場とは
次に、グローバルなテック企業が検討すべき主要国を整理します。
各国について、当社の現地専門チームの知見をもとに、必要スキル、コスト、コンプライアンス、戦略的適合性の観点から見ていきます。
| 地域 | 市場 | 強み | 考慮点/リスク |
|---|---|---|---|
| 北米 | アメリカ合衆国 | AI、サイバーセキュリティ、エンタープライズソフトウェア分野で非常に厚い人材層。大規模なイノベーションが可能。 | 人件費が非常に高い。競争が激しく、主要ハブは人材獲得競争が過熱。 |
| カナダ | トロントとモントリオールがAI研究を牽引。移民政策が比較的柔軟。米国主要都市より賃金が約30%低い。 | 人材プール全体は小規模。地域ごとの分断がある。 | |
| 西ヨーロッパ | オランダ(アムステルダム) | 英語が通じやすい。ビジネスフレンドリーな制度。EU市場へのアクセスが可能。HQやエンジニアリング拠点に最適。 | EU全体のコンプライアンスおよびデータ規制により複雑性が増す。 |
| ドイツ | 世界トップクラスのエンジニア。高い技術力と規律。 | 労働規制が厳格。プロセスが遅く、柔軟性に乏しい。 | |
| イギリス/アイルランド | フィンテックおよびAI分野で非常に強力な人材基盤。英語圏。 | ブレグジット後の摩擦により、人材移動や規制の整合性に影響。 | |
| 東南アジア・中華圏 | シンガポール | 強固な知的財産保護。英語環境。成熟したテックエコシステム。地域統括拠点として最適。 | コスト上昇。トップ人材をめぐる競争が激しい。 |
| マレーシア | シンガポールより40〜50%低いコスト。安定したエンジニア人材。 | エコシステムの成熟度は限定的。マネジメント層はハイブリッド拠点が必要な場合あり。 | |
| 台湾 | 半導体分野の高い専門性。ハードウェアとソフトウェアの高度な統合力。AIシリコン戦略において重要。 | 人材プールが比較的小さい。一部クロスボーダーのセンシティビティ。 | |
| 中国本土 | 巨大市場。膨大な技術人材。高い成長ポテンシャル。 | 規制が複雑。現地パートナーが必須。立ち上げに3〜6か月を要する。 | |
| 日本/韓国 | 高度なエンジニアリング力。深いR&D文化。高品質なアウトプット。 | 言語・文化の壁により、採用やスケールが遅れる可能性。 | |
| ラテンアメリカ | メキシコ | 米国・カナダへのニアショア。タイムゾーンが近い。USMCAにより市場アクセスが向上。 | 一部地域で治安リスクあり。人材分布にばらつき。 |
| ブラジル | LATAM最大のテック人材基盤。優秀な開発者・アナリストが豊富。 | 税制・労働法が非常に複雑。コンプライアンス負荷が大きい。 | |
| 中東 | アラブ首長国連邦(UAE) | 急成長するテックシーン。ビジネスフレンドリーな法制度。英語が広く使用され、外国企業向けインセンティブも充実。 | 主要ハブでの運営コストが高い。人材は駐在員比率が高い。 |
| サウジアラビア | 国家主導による大規模なテック・イノベーション投資。政府支援のデジタル変革が進行。 | 労働規制が急速に変化。文化的適応が必要。 ビザや入社の手続きには時間がかかる場合がある。 | |
| アフリカ | 南アフリカ | 強力なエンジニアリングおよびBPO人材。競争力のあるコスト。英語対応。 | 一部地域で電力・インフラが不安定。人材定着率にばらつき。 |
| モーリシャス | 安定した規制とビジネスフレンドリーな環境。地域HQに適する。金融・IT人材の密度が高い。 | 人材プールが小規模。ハイブリッドまたは分散型チームが必要な場合あり。 |
市場適合性を見極めるためのスマートなフレームワーク
国選びを、直感やコストだけで決めてはいけません。必要なのは、データに基づいた判断基準です。
以下のスマートな市場選定フレームワークは、5つの重要な質問に答えていくことで、その市場が自社に合っているかどうかを判断するためのものです。
| 問い | 評価すべきポイント |
|---|---|
| 顧客はどこにいるのか? | 現在または将来的に顧客が存在する地域か。営業サイクル、現地サポート、言語、データレジデンシー、顧客からの信頼性を考慮する。 |
| 人材はどこに存在するのか? | 一般的な開発者はどこにでもいるが、AIエンジニア、MLスペシャリスト、サイバーセキュリティの専門家は、特定の市場に集中する傾向がある。 |
| 競合はどこで事業を展開しているのか? | 競合がすでにインドや東欧から「フォロー・ザ・サン」体制のサポートを提供している場合、それはもはや選択肢ではなく、前提条件となる。 |
| どこなら迅速に展開できるのか? | 規制対応のスピードは重要。国によってはすぐに採用できる一方で、数週間から数か月にわたるコンプライアンス対応、書類提出、現地登録を求められる場合もある。 |
| 規制・政治環境は安定しているか? | 短期的なコスト削減も、急な法改正や政策変更で撤退を余儀なくされれば意味がない。政治・規制の安定性は重要な安全装置である。 |
推奨アプローチ
まずは小さく始めてみましょう。海外雇用代行(EOR:Employer of Record)を活用し、1〜5名程度の採用から市場検証を行います。2〜3四半期、あるいはそれ以上運用し、結果を観察します。その市場に可能性が見えた段階で、現地法人設立を検討するのが次のステップです。
この方法により、過度な先行投資を避けつつ、状況に応じて柔軟に戦略を調整することが可能になります。
コンプライアンス:競争優位を生む要素
コンプライアンスは、安心して事業を拡大できるか、それともリスクに足を取られて成長が止まるかを左右します。後回しにすることは、成長そのものを脅かす行為です。一方で、早い段階から構築することで、明確な戦略的優位を得ることができます。
なぜコンプライアンスが重要なのか
コンプライアンスは、信頼・収益・長期的な安定性を守ります。
- たった一度のデータ侵害でも、顧客の信頼は大きく損なわれます。エンタープライズ企業の多くは、契約前にSOC 2などのセキュリティ体制の証明を求めます。
- 世界各国でデータプライバシー規制は拡大しています。EUではGDPR違反による制裁金が全世界売上高の最大4%に達する可能性があります。他の地域でも同様の規制が導入されつつあります。
- AIの活用は、新たなリスクを生み出しています。プライバシー侵害、バイアスのあるアウトプット、知的財産権の不確実性など、多くの法務チームはいまだ対応フレームワークを構築中です。
強固なコンプライアンスは単なる事務手続きではありません。
ブランドを守り、営業を前に進めるための基盤です。
雇用法の複雑さ
雇用に関するルールは、国ごとに大きく異なります。この現実を無視すると、重大なリスクを抱えることになります。
- 試用期間、解雇予告期間、解雇ルールは国・地域ごとに異なります。
- 米国の「at-will雇用」のように、ある国では一般的な慣行が、他国では違法となる場合もあります。
- 法定・義務的な福利厚生として、13か月給与、社会保険料、特定の給与税が求められる国もあります。
- 従業員を誤って業務委託(外部契約者)として扱うと、追徴課税や罰金、法的責任が発生する可能性があります。恒久的施設(PE)リスクにつながることもあります。
労働法は選択事項ではありません。
採用戦略そのものと、企業のリスクプロファイルを形づくる要素です。
間違えた場合のコスト
コンプライアンスの失敗は、想像以上に大きな影響をもたらします。
- 罰金は即座に発生します。
- 遅延はオペレーション全体に波及します。
- 監査で不備が見つかれば、ディールが破談になることもあります。
- 事後対応にかかるコストは、最初から正しく行う場合の10倍以上になることも珍しくありません。
しかし、ここには明確なメリットもあります。
早期にコンプライアンスへ投資した企業は、次のような優位性を手にします。
- エンタープライズ案件の契約スピードが向上する
- 給与や福利厚生が安定し、従業員定着率が高まる
- M&A時に「監査に強い企業」として評価され、より高い企業価値を得られる
今四半期に押さえるべき、3つの柱で進めるグローバル展開戦略
2026年に市場をリードする企業は、次の3つの軸を同時に進めています。
| Pillar(柱) | Key Actions(取るべき行動) | Guiding Principle(考え方) |
|---|---|---|
| 勘に頼るのではなくデータに基づいた地理戦略 | ・現在および将来の顧客所在地を把握する ・自社の技術スタックに必要な人材が実際に存在する地域を特定する ・各地域における競合の進出状況をベンチマークする・規制対応のスピードや展開までのタイムラインを評価する ・国・地域ごとの政治リスクおよびコンプライアンスリスクを見極める ・まずは1つの市場に絞り、1〜5名を採用して2〜3四半期のパイロット運用を行う | まずは小さく始める。大きな投資を行う前に、実際の採用を通じて市場を検証する。 |
| 初日からコンプライアンスを組み込む | ・各国において適切な雇用形態・雇用スキームを定義する ・給与、税金、社会保障を必須コストとして扱う ・データプライバシーとガバナンスをツールや業務プロセスに組み込む ・AI活用に伴うプライバシー、データ所在、知的財産に関するコンプライアンスを構築する ・初期段階から現地の専門家やパートナーを活用する | 初期のコンプライアンス投資は、将来的な高額な是正コストを防ぐ。最初から正しく行うことが重要。 |
| 成長段階に合ったインフラを構築する | ・検証フェーズでは組織規模を最小限に抑える ・プロダクト・マーケット・フィットが明確になってからインフラを拡張する ・採用、給与、コンプライアンス、法務、サポート体制を成長段階に合わせて整合させる ・過剰投資を避けつつ、準備不足にもならないようにする | その段階に必要な分だけを構築する。事業の手応えが見えたタイミングで拡張する。 |
ストーリー:リスクと、その先に得られる価値
こんな状況を想像してみてください。
あなたはベルリンに拠点を置くテック企業です。プロダクトは米国と東南アジアで着実に成長しています。しかし今、AIエンジニアが必要です。サイバーセキュリティの専門人材も欠かせません。一方で、ローカルの労働市場はすでに飽和状態。人件費は高く、採用には時間がかかります。
そこで、貴社は行動に移します。
台北でAIエンジニアを2名採用。サンパウロでデータサイエンティストを1名迎え入れます。さらに、北米時間帯に合わせてサポートできる体制として、メキシコにコンプライアンス対応済みの小規模な給与・雇用オペレーションを立ち上げました。
3か月後。状況は大きく変わります。
台北のAIチームが主要機能をリリースし、ヨーロッパ向けのプロダクトロードマップは一気に前進。ラテンアメリカでは、現地時間に対応できるニアショアのサポート体制が評価され、新たな契約を獲得します。米国の営業チームは、24時間体制のサポートを実現しながらも、過度な負荷から解放されました。
同時に、コンプライアンスを前提とした運用を行うことで、主要な顧客に対して『GDPRに準拠しています』『プライバシー保護に最適な運用方法を徹底しています』と自信をもって伝えることができます。
信頼を築き、リスクを抑え、そして新たな売上機会を切り拓くということは理想論ではありません。
スマートな地理戦略、確かなコンプライアンス、そして実行力。
それらを組み合わせることで、2026年に現実として実現できる姿なのです。
今すぐ動く。後回しにしない。
グローバルなテック競争は、すでに始まっていて、世界中の企業がそのプレッシャーを感じています。人材は希少になり、市場の動きは加速しています。
勝つ企業は、待つことをやめた企業です。明確な意思をもって拡大し、スキルのある場所で採用し、成長の足かせにならないよう、最初からコンプライアンスを組み込みます。
選択肢は3つあります。
- 立ち止まる
- 場当たり的に動く
- スピード・明確さ・スケールを前提にした戦略で、世界に踏み出す
3つ目を選んだ瞬間、状況は一変します。
採用はボトルネックではなく、成長エンジンになり、グローバルオペレーションはリスクではなく、競争力になります。そして競合は、あなたを追う側に回ります。
2026年は、ためらいを評価しません。評価されるのは、精密さ、広がり、そして先んじて行動するリーダーシップです。
未来を担う人材は、すでに世界各地に存在しています。
次の成長市場も、すでに動き出しています。
この四半期が、明確な分岐点です。
機会を追いかける立場に留まるのか、戦略的に主導権を握っていくのかが問われています。
グローバル展開をお考えであれば、GoGlobalが、貴社をサポートいたします。
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