2026年に向けて、企業はグローバル展開にどう取り組むべきか

グローバル展開において、もはや「ゆっくり着実に進む」企業が報われる時代ではありません。規制は一夜にして変わり、人材市場は予告なく逼迫し、顧客の期待は年単位ではなく四半期単位で変化しています。
これが、2026年に国際展開を行う企業が直面している新たな現実です。
かつてリーダーたちは、変化を読み解くために「VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)」という概念を用いてきました。しかし、2026年の世界はその先にあります。
いま私たちが向き合っているのは、「BANI(脆弱性・不安・非線形性・不可解性)」の時代です。BANIの環境下では、企業がどこで成長するのか、どのように人材を採用するのか、そしていかにしてレジリエンスを保つのかについて、まったく新しいアプローチが求められます。
VUCAの世界では「混乱に備える」ことが重要でした。
一方、BANIの世界では「破綻が起こることを前提に、先回りして備える」ことが不可欠です。
将来を切り拓くリーダーは、すでに今日から動きはじめています。スピード感を持って動き、明確な判断軸で複雑さを整理し、意図をもって意思決定を行っています。そして、柔軟性・コンプライアンス・長期的な持続性を前提としたグローバルオペレーションを構築しています。
本ブログでは、2026年以降のグローバル展開を支える新しいルールと考え方について掘り下げていきます。
VUCAからBANIへ:グローバルビジネスの新たな現実
VUCAは、今なお重要な概念です。しかし、それだけではもはや十分ではありません。
BANIモデルを提唱した未来学者ジャメイス・カシオは、現代の環境を「混沌としており、脆く、感情的な緊張に満ちている」と表現しています。
これは、VUCAでは捉えきれなかった、現在進行形で展開するまったく異なる状況です。
| BANIの要素 | 意味 | 現実世界の例 |
|---|---|---|
| Brittle(脆弱) | 圧力がかかると一気に崩れるシステム | サプライチェーンの崩壊、突然の規制変更 |
| Anxious(不安) | 絶え間ない情報や警告が組織にストレスを与える | 地政学的緊張、SNSによる誤情報の拡散 |
| Nonlinear(非線形) | 小さな出来事が大きな影響を引き起こす | 半導体不足、製品トレンドの急拡大 |
| Incomprehensible(不可解) | 論理や過去のモデルでは説明できない事象 | AIによる急激な変化、予測不能なサイバーインシデント |
BANIの世界では、次のような前提が成り立ちます。
- 安定は一時的なものにすぎません。
- 予測はきわめて脆弱です。
- リーダーは不確実性が高い状況下でも、より迅速な意思決定を求められます。
その結果、グローバル展開は従来の直線的な計画型アプローチから、変化に適応する戦略へと転換する必要があります。
新しい規制はコンプライアンスへの新しいアプローチを意味する
2025年以降、各国の労働関連規制の改正は加速しています。そのスピードと影響範囲は、企業が海外で「採用し、給与を支払い、チームを運営する」方法そのものを大きく変えつつあります。
もはや、固定的なコンプライアンス計画は通用しません。海外展開の途中で規制が変更されることも珍しくなく、企業には市場参入の初日から、変化に対応できるリアルタイム型のコンプライアンス体制を組み込むことが求められています。
以下は、世界各地で特に重要な最新アップデートの一部を地域別にまとめたものです。
アジア太平洋
| 国 / 管轄 | 主な変更点 | 発効日 |
| マレーシア | 非マレーシア人従業員および雇用主に対し、EPF(従業員積立基金)への拠出が義務化され、双方とも2%ずつの拠出が必要となりました。 | 2025年10月1日 |
| シンガポール | 労災補償法(WICA)に基づく補償上限額が引き上げられました。死亡補償は269,000シンガポールドル、永久障害は346,000シンガポールドル、医療費は53,000シンガポールドルに増額されています。 | 2025年11月1日 |
ヨーロッパ
| 国 / 管轄 | 主な変更点 | 発効日 |
| ベルギー(ブリュッセル) | 外国人労働者の採用を簡素化するため、人材不足職種リストが更新され、対象職種は81に拡大されました。 | 2025年7月1日 |
| フランス | 最高裁判所の判断により、有給休暇は週の時間外労働計算に含める必要があるとされました。また、有給休暇中に病気となった場合、その日数は繰り越し可能とされています。( Lexology) | 2025年9月10日 |
| 欧州連合 | プラットフォームワーカーに関する最低基準を定めた「プラットフォーム労働指令(EU)2024/2831」が制定されました。 | 2026年12月2日 |
ラテンアメリカ
| 国 | 主な変更点 | 発効日 |
| コロンビア | 法律2121/21に基づき、法定労働時間の上限が段階的に引き下げられます。2025年7月に週44時間、2026年7月には42時間となります。 | 2025年7月16日 / 2026年7月16日 |
| チリ | 雇用主による年金拠出率が段階的に引き上げられ、2033年までに7%へ到達する予定です。 | 2033年まで段階的に実施 |
中東
| 国 | 主な変更点 | 発効日 |
| サウジアラビア | 新規加入者を対象に社会保険料率が引き上げられ、段階的に最大11%まで増加します。また、出産手当の対象がすべての加入者に拡大されました。( https://www.gosi.gov.sa/) | 2025年以降順次 |
| オマーン | 民間企業に対し、業績に応じて年2~5%の定期昇給を行うことが義務付けられました。 | 2025 |
北米
| 国 / 管轄 | 主な変更点 | 発効日 |
| カナダ、オンタリオ州 | 「デジタルプラットフォーム労働者権利法」により、最低賃金の保証、報酬の透明性、強制仲裁、記録管理が義務化されました。(https://www.ontario.ca/laws/statute/23d18) | 2025年7月1日 |
| アメリカ合衆国 | 複数の州で賃金未払いに対する取り締まりが強化されています。また、労働省は賃金・労働時間局の行政案件における自動的な懲罰的損害賠償を終了しました。加えて、賃金支払いは電子決済へ移行しています。 | 2025年 |
従来型EORモデルを超える、2026年の市場参入戦略
現在、多くの企業がグローバル展開で採用しているのは、「少人数のうちは海外雇用代行(EOR:Employer of Record)を使い、規模が拡大したら現地法人を設立する」というシンプルな方法です。
しかし、この考え方は2026年には通用しません。
成果を出している企業は、スピード・コンプライアンス・柔軟性を重視し、段階的かつ組み合わせ可能な市場参入モデルを構築しています。
ティア1: 迅速な市場検証(1~12週目)
| モデル | 概要 | なぜ有効か |
| 非居住者給与(NRP) | 現地法人を設立せずに、海外企業が現地で直接給与支払いを行える仕組み。 | ・2〜6週間で稼働可能 ・自社ブランド名義での直接雇用 ・1〜5名規模に最適 ・利用可能地域は限定的(欧州、豪州、カナダなど) |
| 外部契約者 + バーチャルオフィスのセットアップ | 専門性の高い業務を契約社員に限定し、バーチャルオフィスで拠点感を持たせる方法。 ※雇用誤分類リスクへの注意が必要 | ・即時に現地での信頼感を確保 ・低コスト ・長期的なコミット不要 |
ティア2: 需要が実証された後の拡大(3~12か月目)
| モデル | 概要 | なぜ有効か |
| 戦略的EOR + 現地法人の並行 | EORで採用を続けながら、裏側で現地法人設立を進める二段構えの戦略。 | ・採用を止めずに成長できる ・「法人設立待ち」の空白期間を排除 ・事業スピードを維持できる |
| ジョイントベンチャー(JV) | 規制が厳しい国、外資制限がある市場、文化的障壁が高い地域で有効な共同出資モデル。 | ・リスク分散 ・即戦力となる現地知見 ・信頼性の高い市場参入が可能 |
ティア3: 本格的な運用(12か月以上)
市場が確立し、採用人数も安定してきた段階では、現地法人を軸とした持続可能な運営モデルへ移行します。
- 法人は自社保有
- 人事・税務・コンプライアンスなどの実務は外部パートナーが支援
なぜ有効か
- 5名以上のチームに最適
- エンタープライズ水準の福利厚生
- 法令遵守への深い対応力
- 経営の主導権を保ちながら運営負荷を軽減
人員規模で見る最適な構成判断
| 人員数 | 推奨される構成 |
|---|---|
| 1〜5名 | EOR または NRP |
| 5〜10名 | 収益見通しを踏まえ法人設立を検討 |
| 10名以上 | 法人設立がコスト面でも有利(EORは補完的に活用) |
2026年にこの判断軸が重要な理由
- 規模拡大でコスト構造が急変:5名超でEORより法人の方が割安になる
- 採用人数に比例して法令リスクが上昇
- 福利厚生やキャリア期待が高度化
- 柔軟性は依然として重要:EORはサテライトチームや専門職で有効
BANI時代において、これらは「ルール」ではなく意思決定のサインです。
柔軟であるべき時と、基盤を固めるべき時を見極めるための指標となります。
戦略的な現実
現代のグローバル展開に、単一の正解ルートは存在しません。
成功している企業ほど、市場の成熟度・規制リスク・スピード要件に応じて複数の運用モデルを同時に使い分けています。
この段階的アプローチこそが、勢いを失うことなく、世界規模で成長するための鍵です。
AIが変えるグローバル人事コンプライアンスの未来
AIは、もはや実験段階の技術ではありません。2026年において、AIを活用したコンプライアンス基盤を持たない企業は、明確な競争上の不利に直面します。
グローバル人事・労務領域では、AIが中核インフラへと進化しています。
グローバル展開を変える3つのAI活用領域
| AI活用領域 | 役割 | 主なメリット |
| リアルタイム規制モニタリング | 150か国以上の雇用・労働法改正を継続的に追跡 | ・新しい法令の検知 ・コンプライアンス対応期限のアラート ・賃金改定の把握 ・休暇・休業制度の変更追跡 |
| コンプライアンス文書の自動生成 | 雇用・労務・コンプライアンス関連書類を自動作成 | ・各国法令に準拠した雇用契約書の作成 ・法定書類の生成 ・給与・税務関連の申告処理 ・監査対応可能なレポート作成 |
| 予測型ワークフォースプランニング | データを活用し将来リスクと運営ニーズを可視化 | ・恒久的施設(PE)リスクの予測 ・法人設立の最適なタイミングを提示 ・見えにくいコンプライアンスコストの算出 ・市場別の離職リスク可視化 |
AIが実務の負荷を担い、人は戦略的な意思決定を行います。特に複雑で影響の大きい判断においては、人の役割が不可欠です。
2026年に求められるAIコンプライアンス・スタック
- モニタリングレイヤー:世界各国の法規制変更をリアルタイムで把握
- 給与・ドキュメンテーションレイヤー:給与計算や各種書類作成などの手作業を自動化
- アナリティクスレイヤー:リスクやコストを予測・可視化
- ヒューマンエキスパートレイヤー:判断力、文化理解、文脈への配慮
最も速く事業を拡大する企業は、これら4つすべてを統合しています。
2026年版 グローバル展開チェックリスト
2026年に海外展開を進める企業には、スピード・明確さ・レジリエンスを前提とした枠組みが求められます。本チェックリストは、市場参入の「前・中・後」において、経営層が的確な意思決定を行うための実践的な指針です。
| 展開フェーズ | 主なアクション | 経営層が取るべき対応 |
|---|---|---|
| 展開前 | BANI思考を取り入れる | 冗長性を確保し、複数の参入ルートを準備する。迅速かつ明確な意思決定を促進する。 |
| 現代型の市場調査を実施 | 規制の安定性、NRP/EORの利用可否、AI対応状況、文化的期待値を評価する。 | |
| 参入モデルのポートフォリオを選定 | 単一モデルへの依存を避け、市場検証に応じて進化できる柔軟な参入設計を行う。 | |
| 展開中 | AIコンプライアンスツールを導入 | 初日から自動化を開始し、リスクと手作業を最小化する。 |
| 継続的にモニタリング | 規制変更を週次で把握し、コンプライアンスの変化に先回りする。 | |
| 適応力を構築 | 複数ベンダーとの関係を維持し、方針転換ポイントや撤退基準を明確にする。 | |
| 長期的な成功 | 組織・体制を進化させる | チームが8〜10名規模、または収益が安定した段階で、EORから現地法人へ移行する。 |
| 人材への投資を継続 | コンプライアンスはテクノロジーで効率化し、リーダーシップやカルチャー形成、成長は人が担う。 | |
| 規制対応を先取りする | 規制変化の加速を見越し、コンプライアンス関連予算を15〜20%上積みして計画する。 |
迅速に適応し、現地で実行し、断固として導く
2026年のグローバル展開には、これまでとは異なるリーダーシップが求められます。
世界は計画サイクルよりも速く動き、規制は予告なく変わり、人材は新たな期待を携えて国を越えて流動しています。
成長を手にするのは、変化にリアルタイムで適応し、市場に応じて柔軟に機能する組織構造を築ける企業です。
いま真の競争優位となるのは、グローバルなインフラと確かなローカル実行力を兼ね備えた信頼できるパートナーの存在です。世界全体をカバーできる体制を持ちながら、各国・各地域に精通した現地専門家がいること。彼らはルールを理解し、文化を読み取り、規律と明確な判断軸をもってオペレーションを遂行します。
かつての問いは、「どの市場に注力すれば成長を取り込めるか」でした。いま問うべきなのは、「変化の激しい世界に、どれだけ迅速に戦略を適応させられるか」です。
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本ブログで提供する内容は、一般的な情報提供のみを目的としたものであり、法的助言と見なすべきものではありません。今後規制が変更されることがあり、情報が古くなる可能性があります。
