現地コンプライアンスが実現したオランダ病気休暇コスト削減事例

オランダで発生した一見よくある病気休暇のケースが、数か月分の給与支払いにつながりかけました。
しかし結果的には、数万ユーロ規模のコスト削減を実現することになりました。
オランダで、育児休暇と年次有給休暇を数か月取得していた従業員が、その後に病気休暇を申請しました。特に珍しいケースではなく、多くの海外企業にとっては想定内の状況です。
通常、この時点で取られる対応はほぼ決まっています。病気休暇中の給与支払いを開始し、長期かつ高額な負担を受け入れる、それが一般的な流れです。
しかし、このケースは少し違いました。
提出された書類の中には、極めて稀なコンプライアンス上の「救済措置」が含まれていました。
この制度が適用されるのは、病気休暇全体のうち5%未満にすぎません。見逃してしまえば、企業が通常どおりコストを負担することになりますが、期限内に正しく対応すれば、政府が給与支払いを引き継ぎます。
この企業も、まさにその判断を誤りかねない状況にありました。その後に待っていたのは、単なる給与処理ではなく、医療判断、オランダ特有の厳格な期限管理、そして遡及的な給与計算を巡る、まさに時間との勝負でした。
その結果、得られた成果は明確なものでした。
- 数か月分の給与支払いを回避
- 長期的な財務リスクを削減
- 完全なコンプライアンスを維持
本ブログでは、深い現地知識が、ありふれた病気休暇の申請を数万ユーロ規模のコスト削減につなげたプロセスをご紹介します。
誰も語らないコストの落とし穴
オランダは、ヨーロッパでも最も厳格な病気休暇制度を持つ国のひとつです。従業員が病気休暇を申請した場合、企業には包括的な義務が課されます。
具体的には、以下のような対応が求められます。
- 最長2年間(104週間)にわたる給与支払い
- 復職支援(リエンテグレーション)義務の履行
(外部委託が義務付けられているサービスに伴う追加コストを含む) - 対応に不備があった場合の監査対応
(最悪の場合、さらに1年分の病気休暇給与支払いを求められる可能性) - 書類不備による罰金リスク
急成長中のチームにとって、これは非常に大きな負担となります。長期の病気休暇が1件発生するだけで、四半期分の採用予算が消えてしまうことも珍しくありません。
多くの海外企業の経営層は、これを「オランダ市場に参入するためのコスト」として受け入れています。しかし、その前提は必ずしも正しいとは限りません。
見えにくいセーフティネット:UWVヴァングネット制度
オランダには、あまり知られていないセーフティネットがあります。
それが、オランダの社会保障機関であるUWVが運営するヴァングネット(Vangnet)制度です。特定の条件を満たす場合、病気休暇中の給与支払いを補償します。
この制度により、病気休暇の給与負担が企業から政府へ移行します。しかし、そこには注意点があります。正確には、いくつものハードルが存在します。
| 要件 | 実務上の現実 |
|---|---|
| 医学的要件 | 非常に限定的で、立証が難しい |
| 書類対応 | 詳細かつ厳格 |
| 通知期限 | 6週間(例外なし) |
| 成功率 | 専門的な対応なしでは低い |
| 認知度 | 多くの人事チームは存在自体を知らない |
多くのEORプロバイダーは、この制度に目を向けることすらありません。病気休暇を定型的に処理し、そのまま対応を終えてしまいます。
その結果、気づかないうちにコストが流出していくのです。
事案の概要
2025年5月、GoGlobalのクライアントは、一見するとごく一般的なケースに直面していました。従業員が、以下の休暇期間を経て職場に復帰した直後のことです。
- 産休
- 有給の育児休暇
- 無給の育児休暇
- 年次有給休暇
その数日後、当該従業員から病気の申告がありました。
書類上は、ごく通常の対応に見えます。給与を支払い、欠勤を記録し、数か月にわたるコストを想定する、それが一般的な判断です。
しかし、GoGlobalのオランダ現地HR担当者である Jane Kryston は、ここで立ち止まりました。
何かが、いつもと違うと感じたのです。
すべてが変わった瞬間
Janeは産業医の所見を精査する中で、多くのチームが見過ごしてしまう医学的に決定的なポイントを捉えました。それは、この病気が新たに発症したものではなく、症状が数か月前から継続していた可能性が高いという事実でした。
この認識が、状況を一変させます。
なぜなら、この条件を満たすことで、UWVのVangnet制度の適用余地が生まれるからです。
ただし、それは自動的に得られるものではありません。迅速な対応と、医学的・制度的に耐えうる立証が不可欠でした。
ステップ1:医学的ストーリーを構築する
これは、従業員の健康に関わるため、非常に慎重さが求められる領域です。
Janeは、担当の産業医と連携し、二人で以下を丁寧に整理していきました。
- 症状の発症時期
- 病状の進行経緯
- なぜVangnet制度の要件を満たすのか
- なぜ当初、病気として申告できなかったのか
これらをもとに、UWVへ正式な申請を提出しました。
しかし、最初の壁が立ちはだかります。
申告期限(6週間)を過ぎているとして、UWVから罰金が科されたのです。
多くのチームであれば、ここで諦めてしまうでしょう。
しかし、Janeは諦めませんでした。
ステップ2:罰金に異議を申し立てる
Janeは、正式な異議申立てを行いました。
その主張は、シンプルかつ明確でした。
- 病気は当初、医学的に特定できなかった
- 決定的な診断は、期限後の診察で初めて得られた
- 遅延の原因は事務的なミスではなく、医学的要因である
情に訴える主張ではなく、事実と医学的根拠に基づく、精緻で論理的な主張でした。
UWVは提出された証拠を精査した結果、当初課していた罰金を撤回します。
それでも、Janeはここで立ち止まりません。
ケース全体をVangnet制度の要件に完全に合致させるため、さらに踏み込んだ検証を行ったのです。
ステップ3:本当の時期を突き止める
より深い検証の結果、決定的な事実が明らかになりました。
病気の発症は、2024年10月頃まで遡る可能性が極めて高かったのです。
つまり、この病気は産休、育児休暇、年次有給休暇、そして病気の申告、そのすべてよりも前に始まっていました。
雇用主も、従業員本人も、誰ひとりとして気づいていなかった事実です。
Janeは、ケースの経緯を一から再構築しました。
UWVは、この整理された履歴を正式に受理します。
そして、病気の認定日を2024年10月へ遡って修正しました。
このたった一つの判断が、コスト構造を根本から覆したのです。
給与計算という地雷原
ケース自体は受理されましたが、課題はそれで終わりではありませんでした。
7か月分の給与計算を修正する新たな問題が浮上します。
それは、以下を意味していました。
- 病気休暇中の給与調整
- 休暇手当(ホリデーアローワンス)の再計算
- 年金拠出額の変動対応
- 社会保険・各種基金への影響整理
- 教育関連控除の調整
- 総支給額から手取り額までの再構築
この工程こそが、ミスが罰金につながりやすい領域です。
そこで主導したのが、GoGlobalの給与スペシャリスト、Yaëla Kamphuisでした。
彼女は、この期間全体を一行一行、ゼロから組み直しました。
| 対応項目 | 重要だった理由 |
|---|---|
| 開始日を2024年10月に修正 | 7か月分の支払い責任が、雇用主から政府へ移行 |
| 病気休暇中の休暇手当 | オランダ法では、遡及ケースにおいて特別な扱いが必要 |
| 年金の算定ルール | 月ごとに雇用主の負担額が変動 |
| 社会基金への控除 | 少額でも誤りがあれば監査対象となる |
| 教育費用の扱い | 給与システム上で手動修正が必要 |
| 雇用主とUWVの負担区分 | 各給与明細ごとの支払主体を確定 |
| 総支給額から手取り額の再計算 | 従業員に不整合が生じないよう担保 |
あらゆるケースを想定してシミュレーションを行い、すべての計算結果を手計算と突き合わせて検証しました。Yaëlaとチームは、一切の近道を選ばず、システムに頼りきることもありませんでした。
結果
この対応によって得られたコスト面での成果は、極めて大きなものでした。
・7か月以上に及ぶ企業負担の病気休暇給与が免除
・従業員への支給は政府給付へと切り替え
・最長2年間に及ぶ可能性のあった将来的な負担を回避
・罰金やペナルティの発生を未然に防止
その結果、数万ユーロ規模のコスト削減を実現しました。
本件は追加対応を要することなく、無事に完了しました。
人への影響
この対応は、企業側がコストを取り戻すことを目的としたものではありません。
従業員は、
- 本来受け取るべき給付を適切に受給
- 業務や生活に一切の支障が生じることなく対応
- 雇用主との信頼関係を維持
一方、クライアント企業は、
- トラブルや対立を回避
- 監査リスクを回避
- 将来的なリスクを未然に防止
これこそが、あるべきコンプライアンスの姿です。
なぜ多くの企業が見逃してしまうのか
Vangnet制度は、外から見るとほとんど存在が見えません。
適用の可能性を左右する細かなニュアンスがあり、それに気づけるのはオランダの労働・社会保障制度の内側で日常的に実務を行っている場合に限られます。そのため、多くの企業の社内チームでは見逃されがちです。
実際に起きているのは、次のような流れです。
- グローバルHRチームはテンプレート通りに対応する
- EORは申告された内容をそのまま処理する
- 稀な例外を精査する人がいない
- 期限が過ぎる
- 気づかないうちにコストが流出する
今回のケースで求められたのは、以下の要素でした。
- 現地の医療実務に対する理解
- 法令の実務的な解釈力
- 高度な給与計算の再設計
- 行政機関との適切な折衝
正解のルートを可視化してくれる仕組みは用意されていません。
得られた5つの教訓
この企業は、結果として最良の着地点にたどり着きました。
それは偶然ではなく、信頼できる現地アドバイザーが、コストが外へ流れ出る前に介入したからです。
次に病気休暇の連絡が届く前に、すべてのグローバルチームが知っておくべき教訓が、ここにあります。
| よくある思い込み | 実際に企業を守るもの |
|---|---|
| 病気休暇は単なるコスト | コンプライアンスの中に、正しく見極めればコスト削減の余地がある |
| 労働ルールは国を越えて通用する | 労働ルールは国ごとに根本から異なる |
| 期限はある程度柔軟に対応できる | 6週間を逃した時点で、選択肢は閉ざされる |
| 給与計算は事務作業 | 給与計算は法的責任を伴う業務 |
| 信頼はシステムから生まれる | 信頼は「いざという時」の対応で築かれる(多くは危機の最中に) |
このケースが示しているのは、極めて重要な事実です。
ローカルアドバイザリーはサポートではなく、保険なのです。
現地専門性こそが、結果を分ける
グローバル展開の本質は、採用を早めることではありません。問題が起きたときに、いかに主導権を保てるかです。コスト、リスク、そして見えにくい細部が、売上が立つずっと前に結果を左右します。
多くの企業は、拡大そのものには大きなエネルギーを注ぎます。
一方で、その成長を安定させるための「備え」には、十分な投資がなされていないことが少なくありません。そしてある日、たった一通の病気休暇のメールが届きます。静かな1か月が、一転して数か月、あるいはそれ以上続く財務リスクへと変わる瞬間です。
このクライアントが深刻な状況に陥ることはありませんでした。それは制度に救われたからではありません。信頼できる現地の専門家が、制度を熟知したうえで適切に対応していたからです。法律、言語、そして決して例外のない期限といったそのすべてを把握していました。
この結果は、偶然ではありません。
現地に根ざした存在と、実務経験に裏打ちされた判断力の成果です。
国際的な成功は、テンプレートから生まれるものではありません。
問題を早期に察知し、小さな兆候のうちに食い止め、数十万規模の損失へと発展させない人の力によって実現します。
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