グローバル展開におけるリスクマネジメント:パート1

グローバル展開は、企業にとって成長を象徴する大きなターニングポイントとなります。新たな市場、新たな顧客、そして新たなビジネスチャンスが生まれます。しかし、成長には常に複雑さが伴います。国際展開はリスクの高い取り組みであり、一つの判断ミスが大きな損失につながることもあります。
道のりには、コンプライアンス違反、税務ペナルティ、従業員の雇用の誤分類、オペレーションの非効率化など、多くの潜在的リスクが存在します。これらは小さな問題ではありません。グローバル戦略そのものを頓挫させかねない重大なリスクです。
ミッドマーケット企業の場合、新市場への期待が準備状況を上回ることが少なくありません。多くの企業が落とし穴を十分に理解しないまま進出してしまいます。しかし実際のところ、これらのつまずきの多くは回避可能です。
本シリーズは、グローバル展開に伴う重要なリスクを解説する二部構成です。パート1となる今回は、押さえるべき重要な問いと、特に緊急度の高い7つのリスク、そしてそれらを軽減するための実践的な戦略を紹介します。
海外進出前に確認すべき6つの重要な問い
新たな市場へ参入する前に、一度立ち止まり、自社の準備状況を見極める必要があります。以下の6つの問いは、貴社の海外進出が堅固な基盤の上に成り立っているのか、それとも不安定な状態にあるのかを判断する手がかりとなります。
| 重要な問い | その理由 |
|---|---|
| 現地の雇用法を正しく理解していますか? | 労働関連のルールは国によって大きく異なります。契約、福利厚生、従業員区分の誤りは重大な損失につながります。本国での慣習はそのまま通用しません。 |
| 法人設立の要件やスケジュールを把握していますか? | 国によっては法人登録に数か月を要する場合があります。対応が遅れると、市場参入や収益化、さらには先行者優位を失う可能性があります。 |
| 複数国の給与計算とコンプライアンスに対応できる体制がありますか? | 断片的なシステムではエラーやコンプライアンスギャップが発生しやすくなります。統合されていない環境では、チームが成長ではなく問題解決に追われることになります。 |
| 現地の福利厚生に関する知識はありますか? | 福利厚生の期待値は国・地域ごとに大きく異なります。サンフランシスコで魅力的な条件でも、シンガポールやベルリンでは響かないこともあります。現地のインサイトは必須です。 |
| 税務やPE(恒久的施設)リスクを評価していますか? | 計画のない海外採用は、法人税の発生や遡及監査、ペナルティにつながる可能性があります。 |
| ベンダー体制はグローバルスケールに対応していますか? | 国ごとに複数のベンダーを抱える状態は混乱を招きます。統合されていなければ、コンプライアンスの抜け漏れや運用コストの増大が発生します。 |
これらの問いに対して自信をもって答えられないこと自体は珍しいことではありません。しかし、答えられないまま進もうとするのは明確なリスクサインです。海外進出には、堅固なリスク管理戦略が不可欠です。
グローバル展開における7つの重大リスク
厳しい現実として、海外展開に伴うあらゆるリスクには、実際に深刻な影響が伴います。以下の7つのリスクは、国際的に事業を展開する企業が避けて通れない代表的な課題です。
このセクションでは、それぞれのリスクの内容、もたらす影響、解決策、そして見逃してはならない警告サインについて解説します。
リスク #1:雇用コンプライアンスと労働者の誤分類
概要:
従業員を外部契約者として誤って扱うケースは一般的ですが、非常に危険です。多くの企業は、海外で契約社員を雇えば現地の労働法の適用外になると考えがちですが、これは誤解です。国ごとにルールは大きく異なり、米国で「外部契約者」に分類される働き方が、ドイツ、ブラジル、英国では「従業員」と見なされる場合があります。
実際の影響:
- 金銭的ペナルティ: 罰金が数十万ドルに達することもあります
- 未払い金: 福利厚生・残業代・税金の遡及支払いが発生します
- 法的リスク: 契約解除、福利厚生請求、不当解雇などで訴訟される可能性があります
- レピュテーション損失: 公的な法的トラブルは雇用ブランドに悪影響を与えます
- 業務への支障: 監査対応により成長へのリソースが分散してしまいます
対策:
- 現地の専門家を活用する
- 適切な雇用スキームを利用する:
- AOR(Agent of Record): 請負契約者管理を適法に行います
- EOR(Employer of Record): 現地法人を設立せず合法的に雇用します
- 全市場で定期的なコンプライアンス監査を実施
- コンプライアンス管理を単一パートナーに集約
警告サイン: 長期雇用と同等の契約内容、現地スタッフからの雇用形態への疑問、現地労働法の軽視などに注意しましょう。
リスク #2:恒久的施設(Permanent Establishment)による課税リスク
概要:
現地で業務活動を行うことで、法人税が発生する「恒久的施設(PE)」として扱われる可能性があります。法人を設立していなくても、現地での営業活動や代理人の存在により課税対象となる場合があります。リモートチームでも、管理を誤るとリスクが生じるケースがあります。
実際の影響:
- 法人税負担: 税率は15~35%以上に及ぶ場合もあります
- 遡及課税: 数年分の税金・罰金の追徴
- 継続的義務: 会計処理、報告、申告などが無期限に発生します
- 監査リスク: PEを放置すると税務監査の可能性が高まります
対策:
- 採用前にPEリスクの診断を実施
- 適切な雇用方式(EOR、NRP、現地法人など)を選択
- 国際税務の専門家に早期相談
- 移転価格ポリシーを整備
- 従業員数・売上・活動量などPEを引き起こす閾値を継続監視
警告サイン: 権限のあるシニア職を現地で雇用、現地法人なしで売上を発生、12か月以上リスク評価なしでの活動継続などは注意しましょう。
リスク #3:給与・福利厚生の分断化
概要:
複数国で複数のベンダーを利用すると、システム・運用・タイムラインがバラバラになり、非効率やエラー、コンプライアンスの抜け漏れにつながります。
実際の影響:
- 月20時間以上のベンダー調整などによる非効率
- 給与計算や法定申請のエラー増加
- 各国でのコンプライアンスギャップ
- 従業員体験の低下・離職率の上昇
- レポートやコスト管理の一元化が困難
対策:
- ベンダー監査を実施し状況を可視化
- グローバルに統合された単一パートナーへ集約
- HRISと統合し可視性を向上
- グローバル方針を標準化しつつ法定事項はローカライズ
- 承認フローの統一とチームへのトレーニング
警告サイン: 3つ以上の給与ベンダーを管理、福利厚生が国ごとに不整合、財務チームが調整に過剰な時間を費やしている場合注意が必要です。
リスク #4:現地法人設立の遅延
概要:
法人設立にかかる時間とコストを過小評価する企業は多く、国によっては大幅に異なります。
例:シンガポール4週間、ドイツ・ブラジルは3〜6か月。
複雑な書類、承認手続き、資本金要件などがプロセスを遅らせます。
実際の影響:
- 市場参入の遅延と機会損失
- 従業員の待機状態が続きコンプライアンス違反のリスク
- 契約締結やベンダー契約が行えない
- EOR利用のための追加コスト
対策:
- 現実的なタイムラインを事前に調査
- 運用開始の6〜9か月前から準備
- 早期採用にはEORを活用
- 現地の法律事務所やサービスプロバイダーを活用
- 法人維持に関する継続義務も計画に含める
警告サイン: 法人を未設立のまま内定を出し、数週間で手続きが完了すると誤認しているケースです。
リスク #5:データプライバシーとセキュリティコンプライアンス
概要:
各国は独自のプライバシー法を持っており、GDPR、LGPD、PIPL、CCPAなどが代表例です。従業員データの管理不備、越境データ転送、セキュリティの弱いシステムは重大なリスクとなります。
実際の影響:
- GDPR違反で 最大2,000万ユーロ または売上の4%の罰金
- 従業員データ取り扱いに関する法的責任
- 当局介入による業務停止
- レピュテーション低下と採用難
対策:
- 認証を備えたコンプライアントなHRISを選定
- 標準契約条項(SCC)など越境データ移転の保護措置
- データガバナンスポリシーを整備
- HR・管理職のトレーニング
- プライバシー監査を定期実施
警告サイン: データの保存場所が不明確で、保持期間のルールが定められておらず、さらにDPAを締結していないベンダーを使用しているケースです。
リスク #6:外国為替と通貨変動リスク
概要:
従業員を現地通貨で支払い、自社の報告は本国通貨で行う場合、為替変動によるコスト増加リスクが発生します。
実際の影響:
- 予算の不確実性やキャッシュフローへの影響
- 現地企業との競争力低下
- 従業員の給与が変動する不公平感
- 長期コストの予測が困難
- 為替換算のたびに高い手数料が発生
対策:
- マルチカレンシー対応の給与プラットフォームを使用
- 現地売上で現地給与を支払うナチュラルヘッジ
- 主要通貨にはフォワード契約の活用も検討
- 予算にFXバッファを設定
- FX管理の集中化と為替トレンドの継続監視
警告サイン: 四半期で給与コストが10%以上変動している、多重通貨換算によってコストが増加している、従業員から給与変動に関する苦情が出ている状況があれば注意しましょう。
リスク #7:タレント獲得と定着
概要:
現地の期待値を正しく理解していない場合に発生するリスクです。福利厚生の非競争力、オンボーディング不足、文化的ミスマッチは、採用難や離職率上昇につながります。
実際の影響:
- 欠員が長期化し成長が停滞
- 市場競争による採用コスト増
- 早期離職によるROI悪化
- ナレッジ・顧客関係の損失
- 雇用ブランドの毀損と競争力低下
対策:
- 給与・福利厚生・カルチャーを現地データでベンチマーク
- 競争力のある「総合報酬パッケージ」を設計
- 早期採用にはEORを活用
- シニア採用は現地リクルーターと連携
- キャリアパスの明確化とオンボーディング強化
- 離職データの継続モニタリングと改善
警告サイン: 給与が競争力のある水準でも採用が進まない、早期離職が多い、本国仕様の福利厚生パッケージをそのまま現地で使用している場合などには気をつけましょう。
リスクを戦略へと変える
グローバル展開はひとつの旅です。ここまでお伝えしてきたリスクはあくまで出発点であり、グローバルな複雑性の「表層」にすぎません。
パート2では、より深く踏み込み、フェーズごとの実践的なロードマップをご紹介します。拡大に伴うリスクを見極め、優先順位を付け、軽減していくための具体的なプロセスに焦点を当てます。
これは、課題に“反応する”段階から、“戦略として管理する”段階へのシフトです。
リスクを知ることは第一歩にすぎません。次回のブログでは、それらを明確さ・実行力・成果につながる詳細な計画でどう管理するかを学びます。
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本ブログで提供する内容は、一般的な情報提供のみを目的としたものであり、法的助言と見なすべきものではありません。今後規制が変更されることがあり、情報が古くなる可能性があります。
