英国 vs オランダ:欧州進出の最初の市場はどこか

米国のテック企業やSaaS企業にとって、英国は欧州進出の最初の拠点として自然な選択に映ります。
英語環境であること、なじみのある法制度、国際的な信頼性、豊富な人材、そしてビジネスのしやすさによって、表面的には選びやすい市場です。
しかし、直感は判断基準ではありません。ブレグジット以降、その前提は静かに、そして構造的に変化しています。英国には依然として大きなチャンスがありますが、同時に考慮すべき複雑さも増しています。
一方で、オランダは欧州進出における戦略的な拠点として存在感を高めています。場合によっては、より合理的な最初の選択肢となることもあります。
これはどちらが優れているかを判断する話ではありません。
重要なのは、欧州で何を実現しようとしているのかを明確にし、その目的に適した構造を選ぶことです。
2つの市場、それぞれの戦略的役割
両国とも、表面的な条件は満たしています。
- 英語対応が可能な人材
- 安定した法制度
- 強固なテックエコシステム
- 効率的な法人設立プロセス
しかし、担う戦略的な役割は異なります。
英国は、現在も世界有数の対内直接投資先の一つです。イノベーション水準も常に世界トップクラスに位置しており、約550万社以上の企業が登録されています。そのうち99%以上が中小企業であり、ダイナミックで競争力の高いビジネス環境を形成しています。
法人設立は迅速で、コストも比較的低く、特にサービス業にとっては摩擦の少ない市場といえます。
一方、オランダは実務的な政策運営とグローバル志向を兼ね備えています。
具体的には
- EU単一市場へのフルアクセス
- 非ネイティブとしては世界最高水準の英語力
- 欧州の中心に位置する地理的優位性
- 魅力的な海外駐在員制度
オランダの法人税率は、利益20万ユーロまでは19%、それを超える部分には25.8%が適用されます。フランスやドイツといった近隣諸国と比較しても、競争力のある水準です。
いずれも有力な選択肢です。
重要なのは、採用スピードを優先するのか、EU市場へのアクセスを重視するのか、それとも長期的なオペレーションの柔軟性を重視するのか、という点です。
ブレグジット後の現実:何が構造的に変わったのか
ブレグジットによって、英国での事業運営が不可能になったわけではありません。
しかし、顧客、採用計画、コンプライアンス対応がEUにまたがる場合、一定の摩擦が生じる可能性があります。
ブレグジット後、英国は独自のデータ保護制度を運用しています。これはEUのGDPRと類似していますが、別個の枠組みであり、EUの規制当局ではなく、英国の情報コミッショナーオフィスによって執行されます。
基本原則は近いものの、規制体系は分かれています。
現在、EUと英国間のデータ移転は「十分性認定」に基づき許可されていますが、この認定は定期的に見直されるため、将来的に変更される可能性があります。
もし今後3年間の事業計画にフランス、ドイツ、北欧などが含まれる場合、EU域内に拠点を持つことはオペレーションの簡素化につながります。
具体的には以下の通りです。
| 項目 | 英国(ブレグジット後) | オランダ(EU加盟国) |
|---|---|---|
| データ保護 | 英国独自制度 | EU GDPR |
| 越境雇用 | 各国ごとの入国管理 | EU域内の自由移動 |
| VAT申告 | 英国独自制度 | EU統一ルール |
| 商取引契約 | 二重の制度対応 | EU共通枠組み |
AI規制も重要な差別化要素になりつつあります。
EUでは欧州(EU)AI規制法が導入され、すべての加盟国に適用される包括的かつリスクベースの法的枠組みが整備されており、AIの開発・利用方法に応じて、明確な義務が課されます。
一方、英国はより柔軟なアプローチを採用しており、単一の包括法ではなく、既存の規制当局や分野別ガイドラインを通じて対応しています。
AI関連のプロダクトを開発・展開する企業にとっては、コンプライアンス設計、必要なドキュメンテーション、そして市場投入までのスケジュールに影響を与える要素となります。
当面の事業が英国中心であれば、ブレグジットの影響は十分に管理可能です。
しかし、欧州全体への拡大を見据えている場合、最初からEU域内で展開を開始することで、将来的な構造的な障壁を回避できる可能性があります。
法人設立:英国LtdとオランダBVの違い
どちらの市場も、設立スピードは速く、信頼性も高いといえます。
違いは、ガバナンスの深さと継続的なコンプライアンスにあります。
英国:Limited Company
英国での法人設立は非常にシンプルです。
Companies Houseを通じたオンライン登録により、最短24時間で完了します。コストも低く、プロセスは完全にデジタル化されています。
必要となる主な要件は以下の通りです。
- 他社と重複しない会社名
- 重要支配者(PSC)の開示
- 定款
ただし、実際のオペレーション開始にはさらに時間がかかります。PAYE登録には数週間、銀行口座の開設には2〜3か月程度を要することが一般的です。
英国は「参入しやすい市場」といえます。
オランダ:BV(Besloten Vennootschap)
オランダのBVは、設立時点でより体系的な準備が求められます。
設立には以下が含まれます。
- オランダ語による公正証書の作成
- 株主登録
- 最終受益者(UBO)の開示
- 正式な設立書類の整備
設立にあたっては、創業者がオランダの公証人の前に出向く、または委任状を付与する必要があります。設立証書には、事業目的、株式構成、取締役の権限などが明確に定義されます。
複雑というよりも、精緻に設計されたプロセスといえます。
銀行口座開設:見落とされがちなボトルネック
銀行口座の開設にかかる時間は、いずれの市場でも過小評価すべきではありません。見落とされがちなステップですが、適切に対応しない場合、重大なボトルネックとなる可能性があります。
実務的な比較は以下の通りです。
| 項目 | 英国Ltd | オランダBV |
|---|---|---|
| 設立スピード | 24時間(オンライン) | 1〜2週間 |
| 公証人の関与 | 不要 | 必要 |
| 言語要件 | 英語 | オランダ語での書類 |
| ガバナンス要件 | 比較的シンプル | 体系的 |
| 銀行口座開設期間 | 通常2〜3か月(銀行により変動) | 同様に数か月(銀行により変動) |
税制優遇:イノベーションボックス vs R&D税制
テック企業やSaaS企業にとって、税制優遇は重要な判断要素です。
どの制度が適しているかは、自社の価値創出の構造によって異なります。
オランダ:イノベーションボックス制度
イノベーションボックスは、対象となる知的財産(IP)から生じる利益に対して、実効税率9%の軽減税率が適用される制度です。
以下のような企業に適しています。
- 独自の知的財産を創出している
- 競争優位性のあるアルゴリズムやプラットフォームを構築している
- 技術資産から長期的な収益を生み出している
この制度を利用するには、利益が対象となる研究開発によって生み出されたIPに帰属することを示すドキュメンテーションが求められます。
IP中心のビジネスモデルに適した制度です。
英国:R&D税制優遇
英国では、対象となる研究開発費に基づき、税額控除またはキャッシュリファンドを受けることができます。
以下のような企業に適しています。
- 開発投資が大きい
- 初期段階で赤字の状態にある
- 資金繰り(キャッシュランウェイ)を重視している
赤字のスタートアップでも、現金還付として受け取ることが可能です。
両者の違いは以下の通りです。
| 項目 | オランダ | 英国 |
|---|---|---|
| 優遇の種類 | IP収益に対する低税率 | R&D支出に対する税額控除 |
| 適した企業 | IP主導型SaaS | 支出先行型スタートアップ |
| 主なメリット | 対象利益に9%の税率適用 | キャッシュ還付または税負担軽減 |
| 必要要件 | IP帰属の証明 | R&D支出のトラッキング |
長期的にIPから価値を生み出すモデルであれば、オランダの制度は継続的なメリットをもたらします。
一方で、収益化前に研究開発投資が先行するモデルであれば、英国の制度により早期のキャッシュ面での支援を受けることが可能です。
人材と言語:実際に何が違うのか
両市場とも英語対応は可能ですが、違いは規模と地理的条件にあります。
オランダは、英語力の高さで世界でも常に上位に位置しており、人口の90%以上が英語を話します。アムステルダムでは、ビジネスの多くが英語で完結します。
また、オランダの人材は3〜4言語を話すことも珍しくありません。これはドイツ、フランス、北欧といった周辺市場への展開において大きな強みとなります。
一方、英国は専門性の深さに強みがあります。ロンドンは依然として欧州の金融センターであり、フィンテック、法務、ファイナンシャルアドバイザリーといった分野の人材が集積しています。
顧客が英国に集中している場合、現地採用はコミットメントのシグナルとなります。
複数のEU市場をまたぐ採用戦略を想定している場合は、オランダの方が構造的な柔軟性を提供します。
最初の進出市場が、その後を左右する
最初に設立する欧州法人は、今後のオペレーションの基盤となります。
今後3年間のロードマップにドイツ、フランス、北欧が含まれる場合、EU域内からスタートすることでスケールはよりスムーズになります。
オランダの強み
- EU市場へのアクセス
- 多言語対応の人材
- 欧州の中心という立地
- 統一された規制枠組み(例:欧州(EU)AI規制法)
英国の強み
- なじみのある法制度
- 大きな国内市場
- 迅速な初期立ち上げ
これまでの前例ではなく、次にどこへ展開するのかを基準に選ぶべきです。
ブレグジット後でも、英国が優位であり続ける領域
ブレグジットはもはや突発的な出来事ではなく、現在の前提となる事業環境です。
英国はこれに適応しており、規制の枠組みも安定し、企業は明確な前提のもとで事業運営を行っています。
依然として、英国が最適な最初の選択肢となるケースは明確に存在します。
英国を選ぶべきケース
- 顧客の大半が英国に所在している
- ロンドンに集積する金融・専門サービス人材を必要としている
- 最も迅速かつなじみのある形で法人設立を行いたい
英国は引き続き、効率性・競争力・国際的な接続性を兼ね備えた市場です。
英国市場での売上を重視する企業や、特定分野の専門人材の採用を目的とする企業にとっては、依然として有力な進出拠点です。
重要なのは、ブレグジットが環境を変えたかどうかではありません。自社の3年計画において、EU全体での柔軟性がどれほど重要かという点です。
それが中核でないのであれば、英国は依然として現実的で有力な選択肢といえます。
最終判断:進出先か、事業の組み立て方か
現実はシンプルです。
- 英国市場への浸透を狙うなら、英国を選ぶ
- EU全体での構造的な柔軟性を重視するなら、オランダを選ぶ
- 両方を取りにいくなら、順序を戦略的に設計する
最初の市場選択を誤っても、直ちに失敗につながるわけではありません。
しかし、そのズレは年を追うごとに摩擦となって積み重なっていきます。
よくある質問(FAQ)
オランダではオランダ語が話せなくても採用できますか?
はい。ビジネスにおいて英語は広く使用されており、主要都市では日常業務にオランダ語は必須ではありません。
オランダは英国よりコストが高いですか?
初期の設立コストは大きくは変わりません。オランダでは公証人の関与が必要です。一方で、同様のテック職種においては、ロンドンの給与水準の方がアムステルダムより高い傾向があります。
どちらの国でも法人設立なしで採用できますか?
はい。両国ともEOR(Employer of Record)を活用することで、現地法人を設立せずにコンプライアンスを維持した採用が可能です。オランダではNRP(Non-Resident Payroll)という選択肢もあります。多くの企業は、まずこの形で市場に入り、その後に法人設立へ移行します。
ドイツへの展開を考えている場合、どちらが適していますか?
オランダです。EU加盟国であるため、越境雇用、データ共有、商取引契約がよりスムーズに行えます。
最初の欧州市場の選定は、「最も優れた国」を選ぶことではありません。
自社の方針と事業の組み立て方を一致させることが重要です。
最初の設計が、その後の拡大を左右します。
実行力が差を生む
本質的な違いは、言語ではなく「組み立て方」にあります。
欧州進出が失敗する理由は、国の選択を誤ったからではありません。
コンプライアンス対応が後手に回り、ガバナンスが分断され、採用が長期的な地理戦略と整合していなかったことに起因します。
国際的に事業を展開する企業には、グローバル全体を俯瞰した視点が求められます。法人構造、税制優遇、データ保護、採用戦略は、それぞれ個別に運用されるものではありません。
優れた企業は、これらの要素を初期段階から統合できる、信頼できるグローバルパートナーと連携しています。
戦略と可視性は中央で管理し、オペレーションは各国で最適化、すべてを一貫した枠組みのもとで実行します。
現地の実務に精通した専門家が支援し、オランダの公証手続き、英国の規制対応、EUのデータ・AI規制、ビザ手続き、給与計算やコンプライアンスまで一貫してカバーします。
こうした体制があってこそ、欧州進出は単なる負担ではなく、競争優位へと変わります。
欧州では、構造が積み重なり、成果に直結します。規律ある実行が、最初の市場を欧州全体へ拡張可能な基盤へと変えます。
欧州進出をご検討中ですか?市場選定から法人設立、コンプライアンス対応まで、一貫して支援し、拡張性のある体制構築を実現します。
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